吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

本を読む

PCの前に座っているとつらいので自宅に帰ると巡回する元気がない。ぐんなりとした毎日だ。今までは、会社で見れないオモシロサイトや長文を読んだり考えたりして書くようなものは自宅でちまちま見ていたがそんな元気がまるでない。
いっこくも早く布団の中に入ってマンガか本かTVか桃鉄99年をやっていたいんだ。横になっていると楽なんだ。というか、楽な気がするんだ。
なので、最近、狂ったように図書館で借りた本や貸本屋で借りた漫画をむさぼり読んでいる。読んでも読んでも読み足りない。今日、図書館で借りようとしたら借りれる冊数を超していたのでなくなく酒井順子のエッセイをあきらめてみた。読んでいるものはエッセイとかコラムばっかりだ。頭がだいぶん悪くなっている。深く考えるのは眠る前には良くないので何も深く考えないとるにたりないエッセイが読みたいのだ。そういうユルメの本は光の速さで読み終わる。瞬きする間もないくらい。
ちなみに今日借りたのは下のさくらももこと、土屋賢二と、原田宗典だ。なんだい?そろいもそろって、お気楽な感じじゃないか、ベイベー。さあ、私!読み終えた端から忘れてしまえ。忘れろ忘れろ。穴を掘って埋めるがごとく無駄な徒労に終わればいいのさ。花咲く乙女は穴を掘るのさ。くだらないぜ。自らの脳のメモリを1ビットも使うべからずだ。なんて素敵な奥様だ。牛乳パックで椅子でも作るようなイキオイで。

他に村上龍「『普通の女の子』として存在したくないあなたへ」、という本も借りようと思ったのだけど、中を読んでみたら流行のゴスロリでも不思議ちゃんでもない、なんでもない海外エッセイだったので、借りなかった。飛んだ肩すかしだった。私は村上龍村上春樹と間違えて買ったことがあるくらい、村上龍にはしてやられているところがある。注意一秒、怪我一生だと思った。村上となのつくやつのくちぐるまにのせられるものかものかと地団駄を踏むのさ。現実にしなだれかかってのの字でも書いてやればいい。