吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

元旦と一旦

 ※はじめに。noteで書いていたシリーズですが、noteだとyoutubeとか貼れないのでこっちに書くことにします。そんなに書いてないけど、以前の文章など読みたい方はnote.mu をご覧ください。  

 

12月24日の0時には代官山に居た。渋谷からの東横線の電車の中で見知った顔に遭遇。彼もまた同じ場所を目指していた。渋谷から代官山までの短い時間、他愛のないことや近況を話した。 extrecordings.blogspot.jp  代官山の駅で、友人と落ち合い、蔦屋のファミリーマートで液キャベを買い、本屋で『新潮』の1月号を購入。こんな夜中にもかかわらず賑わっている。ポケモンでもいるのか。タクシーを呼ぶだけの電話機がレジの横に置いてあるし。これって、金持ちが夜中に突然、こち亀100巻とか読みたくなった時にふらりと現れて、大人買いして、タクシーで家に帰るためにあるのか。確かそんなエッセイを昔、読んだことがあった気がした。途中で、『RAWLIFE』という名の服屋があり、看板を撮影。Instagramに投稿しようとしたが、保存に失敗して諦めた。  RAWLIFEと言えば2004年から2006年にかけて開催されていた音楽のフェスの名だが、今、検索したらこの服屋の情報ばかりになっていた。液キャベを飲み、クリスマスで浮かれる代官山の街をdisり、いや、他人から見ればわたしたちもまた、浮かれた人間のように見えるよとか言いながら代官山UNITに到着。  IDチェックが厳しいから、必ず顔写真付きの身分証明書を持ってくるようにレーベルオーナーの永田一直さんから注意喚起を受けていたが、家には期限切れのパスポートしか顔写真入りのものがなかった。マイナンバーカードを作らなくてはいけないのはわかっているのだが、めんどくさいのと数字で管理されるというのが生理的に気持ち悪い感じがやはり否めないのでまだ作っていなかった。パスポートを見せると案の定、強面の180cmくらいある巨漢のセキュリティに嫌味を言われ、健康保険証の提出を求められる。次からは必ず、期限の切れていない証明書を持ってきてくださいと念を押される。風営法とかで大変なんだろうなあ、やっぱりマイナンバーカード作らなきゃなあとか、セキュリティは外部委託していることも多いから、音楽が好きとかじゃないんだよとか、なんかそんなようなことを人と話した。受付を済ませ、会場に入るがほぼほぼ10年くらいぶりのクラブでオールナイトのイベント。なんだか勝手がわからなくなっているし、今日は朝から早く起きて、youtubeを狂ったように見ながら部屋の掃除や洗濯などをし、昼からはたまごボーロを丸める会に参加して、たまごボーロを丸めたりしていて忙しかった。たまごボーロは片栗粉と卵と牛乳と砂糖で生地を作るのだが、指の腹を使ってうまく丸めないと指先で脆くも崩れる。不恰好な出来損ないのボーロたち。これではプロのたまごボーラーにはなれないよと笑い、でも膨らめばそれなりの形になるから大丈夫ですとか言いながら丸めていた。関東たまごボーロ丸め会もしくは、たまごボーロ丸め隊。主催と他の2人の参加者たちは3時間くらい淡々と丸めていた。背中を丸めながら必死で丸める様子を猫とわたしがチラチラと見ていた。たまごボーロを丸めるのに適した音楽はありますか? と質問されたので、Manuel Göttschingの「E2-E4」をおすすめしておいた。スティーブ・ライヒでも良かったかもしれない。家人が作ったクリスマスケーキを食べた後、わたしは中座して、近くの四軒茶屋というところで開催されるイベントに行った。それは詩人の榎本櫻湖さんの主催するイベントで、落語が聞けますよとゲストの滝口悠生さんに誘われて、そういえば落語ってちゃんと聞いたことがないし、前回の朗読とトークも面白かったので行ってみようと思い、何よりも、櫻湖ちゃんがyoutubeをかなり見ていて、禁断ボーイズのメサイヤ様の引退について、お互い、心を痛めていたので、その話がしたかったのと、朗読のイベントをそろそろ復活させたいという気持ちがあったので、そのスカウトと、悠生くんの小説にサインしてもらおうということだった。小説は昨日、届いたばかりでまだ3ページしか読んでいなかったが、最近の小説や文章は数行読むだけで嫌気がさしてしまうのと、書かれた言葉選びにいちいちイライラしてしまうというわたしが珍しく読めると思ったのとタイトルが『死んでいない者』で、まあ本当に今年は人がたくさん死んだし、年始一発目のイベントが、室伏鴻さんの追悼イベントで父の死を楽屋で聞き、意識していなかったがテーマに取り上げた武満徹の命日でもあった。楽屋で偽兄でこの時の音楽をわたしと共に担当した吉田隆一さんが、異変に気付き、一番最初に声をかけてくれたことをよく覚えている。2016年は年始から死に取り憑かれかれていたのだった。そういえば、アーノルドシェーンベルクの『月に憑かれて』は何でもあると言われているぼくらのインターネッツにアップされているのだろうかと調べたが、初音ミクが歌っているものしかなかった。この時の公演で流した音源は永田さんにマスタリングしてもらったものだった。2月に作った演劇作品の『あしたのきょうだい』も祖母の死から、山に行き、山を降りて家族以外の人と暮らすことになった、先ほどたまごボーロ会の首謀者の張 佑寿ちゃんだったりする。今まで生きていた中で死という言葉をこれほど吐いた年はなかった気がする。  ExTレーベル10周年ということで10年前に想いを馳せる。その頃、死というイメージはまったく自分の中になかったし、周りで死んでしまう人はごく稀で、 月刊死人みたいな軽いノリで、死が連載されるなどということはなかった。3ヶ月に1度とかひどい時は2ヶ月続けてとか、そんな風に人は死ぬ。ギャグマンガ並みの死の軽やかさ。10年前とは違い、SNSで追悼文が無数にアップされるから、日常に戻りたいのに、それらを貪るように読んでしまう自分がいて、勝手に傷ついて、勝手に人を許せなくなったり、諦めたりした。こんな精神衛生上良くなさそうな、行動に駆られるので、故人らとはまるで関係のない世界に行きたくて、youtubeを再生し続けていた。動画を見ていれば、人とつながるようなツールと物理的な距離を保つことができる。だって、再生している間はSNSを見なくて済むからね。でも、こうやって、クラブに来てしまえば、もっと強制的にSNSなんて見なくても済むのだった。何もかも忘れて没頭してしまう時間は、何かを諦めたり、許したりするためには一番必要な唯一の手段で、誰かと繋がりすぎて身動きができなくなるようなことを避けさせてくれるのがクラブなのかもしれない。とか思っていた。しかし、ビールが700円とか高すぎやしませんか。死屍累々。  イベントは3フロアをぶち抜きで、何処へでも行き来できるようになっていた。一番最初の階は和ものの日本語の言葉の階で、わたしは獅子舞に頭を噛まれたし、ビイドロのライブを観れたので、正直、うれしかった。メインフロアでは、相変わらず、素敵なものを煮詰めたみたいな音楽があって、わたしはチラチラと見初めてしまう。好きな人のことを少し考える。ビールだけ飲む。わからない場所から不意にわいたように声が聞こえる。わっと聞こえて、聞こえなくなる。  その数日後、タクシーに乗って、全てを忘れる、今年を終わらせようと思ったのに実際は全然、終わらなくて、涙だけで終わって、みっともない自分がいて、わけがわからないまま、整理できなくて、ごめんなさいと謝りたかっただけなのに、謝ることもできないまま、今年が終わったので、来年というか、もう、今年は、歌を歌うしかないなあとか思ったりして、わからないままわかるつもりもないのか、わからないけれども、まあ、結構大変な1年でした。 10年後もわたしたちは生きているのだろうか。あの人が死んだらわたしは壊れてしまわないだろうか。そのあの人とはあなたであり、わたしのことでもある。  来年は死よりも詩に取り憑かれたい。