吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

21日のライブの雑感

杉本さんとアルフレッドと私での演奏(?)。アルフレッドがなにやら演劇じみたネタを数々仕込んできておりましたがまったくの無関係を決め込んで淡々と。アルフレッドや杉本さんの様子をうかがわず。無視。客が俄かに笑っていたのでたぶん、おもろいことをしていたんだと思う。おふざけは真剣に全力でやればやるほどオモシロイと思うのでもっと全力で意味など凌駕できるものを見せ付けてやればそれは新しい表現になるだろうと思うがなにぶん、観てなかったのでよくわからない。
音がバンド名とかを観ちゃうと中途半端なものは色褪せてみえるかもしれない。生あたたかい微笑なんていらない。笑いは畏れに似ている。畏怖するものに出会ったとき人は半笑いの表情を浮かべる。意味や理由なんてことさえも何もかも無駄だと思わせるモノに出会うと私はコーフンする。自分のくだらなさやつまらなさをつくづく感じる。そしてそう感じることさえもが矮小だと思うのだ。存在に意味などない。意味などないけれど生きている。それで良し。良いとか悪いとか以外にも価値はある。圧倒的な畏怖を感じたい。音楽に絶望できない理由はただ、それだけだ。