吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

『惑星のさみだれ』普及委員会というのを

 一人でやっていて、ことあるごとに人にすすめまくってるんですけど、まんまと買っていく様子が小気味いいわ!

 例)日誌 : How It Is

 もう、ゼロ年代の想像力というNGワード(いい意味で)を吐いた途端、速攻、すすめてますからね!ゼロ年代の想像力を読むならコレ!みたいなのをやろうかと思ってますがなかなか時間とれなくてすみませぬ。ちなみにゼロ年代の想像力は、イマイキタコレ!っていう意味で使ってますが、とにかく、新しくっておもしろくて巧いんですよ。まさに、更科修一郎さん風に言えば、スーパーサプリメント!!まだ、終わってない物語なので、正しい評価はできかねますが、水上悟志先生は他の短編も面白かったし、志が高っ!なので、期待大なんであります。

 もうね、ほんと好きすぎて困るくらい、好きなんですよ!
 好きなコマが何個もあるんですけど、秒殺!されます。

 読んだ直後に書いた、mixiのレビューを載せておきます。イキオイのみで雑に書いちゃったので、少し時間置いてちゃんと書きたいなあ。と思ってマースがとりあえず、このコーフンをあなたに。

惑星のさみだれ水上悟志

 さみだれとは…継続しないで、少しずつ繰り返すことのたとえであるが、最近のゲーム的な要素のある作品の特徴としてタイトルそのものがゲームのルールだというのがあるけど、これもそうなのか?

 これも最初、絵柄から「いわゆるラノベ通過後の口当たりの良いだけの物語」だと思ってた。同じ掲載誌で連載している『それでも町は廻っている』も、同様に期待してなかったけど、どちらにも今までにない「新しさ」を感じて興奮した。
 「これは読んでなきゃマンガ読みとしてヤバイだろう!」という焦燥感を煽った。マジで、これは、すごい。読んだほうがいいと思う。最近のマンガを読まずに否定するのだけはしたくないと思いながらたくさん読んでも昔の作品を読んだ以上の感動は得られないとちょっと諦めていたがそれはやはり自分の世界の狭さだと痛感できたのがうれしい。というか、未来は明るい。これからどんどん楽しくなるんじゃないの?とかまで思える出来事が最近多いのでうれしいなあ。

 そして、これで若い世代のマンガ、作品の「読み方」がわかる。私は入江亜紀のマンガに対して「うまい」と思ったが「商業的に成功する感じがあまりないなあと同時にカルト」であるとみたが、しかし、それは間違いだった。
 私たちと若い人たちの蓄積の違いだ。どうしても、マンガに「説明不足」=「マイナー」「カルト」と作品に対する低評価を与えてしまいがちだが、もう、説明はしなくても、「わかる」ように受容する方の質も上がり、受容のノウハウも浸透しているのだ。要するに説明は不要と切り捨てるセンスはさらに次へと目指すために必要なのだ。

 この物語の構造的な特徴として「お約束」や「ルール」をズラすということを意識的に行っているところが上げられる。

 例えば「メガネ」「関西弁キャラ」「姉」「妹」「兄を超えようとする弟」「姫」「世界を救う物語」など、もう見飽きてくたびれて擦り切れて飽きてしまったテーマを使って、今までにないデザインをしようとしている。なんというか、コラージュっぽい。一つ一つは見飽きたキャラクター、設定でこれ以上面白い話なんてもうない、私たちは過去を甘受するのみとあぐらをかいている連中に「バカじゃないの?意図的に誤作動をおこせばいい。ここにあるのは新しさを求める態度だけで、悪い、良いが価値基準にはない」というのが徹底しているように感じる。また、簡単なカタルシス=許しがある「だけ」の単純な話ではなく、単純な話に飽ききった読者に用意される複雑なお話。真のリアリズムというか。『未来日記』もそうだけど、携帯電話がツールとして定着してしまったあとの世界を描かなくてはならないのだから、今までのような描き方ではダメなのだ。ことごとくコミュニケーションは寸断され(しなくても、読める未来/人の心)、「メガネ黒髪姉」という属性のキャラに出会った男の子はそのキャラクターを好きにならなくてはならないし、「メガネ男子」に会ったらやっぱり好きにならなければならない、そんなの説明する課程が知りたきゃ、他のマンガをサブテキストに読めばいい。それはまた別のお話だ。だから、このマンガでは出会った直後に「結婚してください!」と過程をいきなりすっとばすキャラを描く。過程をすっとばしまくる。これって、マンガ作品でコラージュやってるだと思うんだけど。もしくはDJ的な手法だよ。

 で、主人公はこの「お約束やルール」による世界に対して諦めている。それを受容する、演じることで自己を保とうとする。そこしか余地が残されていないというように。姫(ヒロイン)さみの願い「地球と無理心中」を叶えるためのコマであろうとする。しかし、主人公はコマであろうとしたために、自分が巻き込んでしまった不幸を体験している(1巻)。だから、「ふつう」ならそうはしないけれど、主人公のあまみー曰く「そんなことはわかったうえでそれを選んでいる」という状況。「絶望ならとう知っている」「不幸だ」。この心情では、目上の言葉は決して、届かない。

 未来はおしまいだと思う子どもに、未来は楽しいものだと笑ってやるのが大人だというセリフにちょっとずつ動いていく、もしくは動くかもしれない、けれど、また「もう、誓ってしまったのだから変わらない。この物語は変わらない。破滅に向うだけ」と、「言わなくてはならない、諦めなくてはいけないキャラクター」を見ていると、「どうにかしてあげたい」と自分の心が動いていくのがわかる。吉田秋生の新作でも「泣いてもいい」という言葉があった。子供が子供らしくあるために大人がすることはなんだろうとか考え込まされてしまう。

 とかなんとかとかなんとか。いろいろまとまらないで書いてしまったが、久しぶりに「やばいまじでこれは」という危険信号がなる物語だ。また、これがすごいのがマンガとしてものすごく読みやすくなっている。そして、クサイセリフも効かせて来るし大ゴマでの見せ場もあるし、うまいんだよなー。テクニックがあったうえで、ハズしていく感じ。既存の作品を思わせる設定をどんどん使いつつも「私はズラしますよ。今までにない切り口見せなきゃ意味ないでしょ」と言ってるみたいな作者の挑戦的な態度!自分自身を追い込みながら作者が書いてる感があるのがヤバイ。でも、大丈夫なのか?破綻しないのか?今は良いけど続くのか?と不安になりながら、ものすごいオチを見せてくれるんじゃないのと期待してしまう。しかも、やり方が軽快でセンスがいいよ、この作家。

 なんつうか、選択肢は全部用意されていて、それを選択した結果も見えている世界で彼らがやれることは今までになかった選択肢を探す、それだけしかないのかもしれない。それだけしかないのだという絶望感から選んだ選択肢によって、新たな選択肢が生まれ、未来は続く。ルールは変えいい。何度でも更新していい。というのは私が書いたユリイカの文章だがそんな感じ。だから、絶望しないで。目に見える現実だけを、受け入れないで欲しい!と読んでる自分が感情移入しまくり。『こぐまレンサ』以来の自分内大ヒット。私はこの作品が好きだ!!!

 これをufotableがアニメ化してくれりゃあいいものを…。絶対、いいと思うんだけどなあ。相性が。
このただのふつうの毎日がずっと続けば良いのに。夕日みたいな状態の彼らと楽しいデートの終わりの夕日と。あんなシーン描かせたらちょう、うまいよ!ufotable!!!

お約束をズラすの一例)

http://scrapbook.ameba.jp/manga_book/entry-10009744319.html
トカゲに世界を救ってほしいと頼まれたとき、主人公は冷静に対応、
「よくある巻き込まれ型のお話の主人公は相手にペース握られるからダメなんだ」
 
仲間と力を合わせて戦うんだ!! と言われて、
「あ 仲間がいるんだ んじゃその人達に任せよう。 ぼくはやらない」

あと、感想として的確だと思ったこの一文

http://www.oresen.net/mt/2006_05/29/post_292.php

とりあえずあの、連載作品としての2006年ベスト級。マジで。
なんつかえーと、状況が感情を超えてしまって何も感じない感が凄いよ。


そんなマンガがこの世にあるということがもう、もう、楽しい!ぎょえー!


 ナニコレイマイキタコレ!ぎょえー!でいいマンガだと思うのです!状況が感情を超えてしまって何も感じない感が凄いという言葉は言い得て妙!なんかそんな感じー。

 つーわけでーロクニシコージ先生の『こぐまレンサ』、川口まどか先生の『死と彼女とぼく』、藤田和日郎先生の『からくりサーカス』なんか好きな人にはもれなくオススメ!
 佐々木さんも書いてますが、鬼頭莫宏『ぼくらの』や、えすのサカエ未来日記』も同時に読もう!というわけだ!

■LOVEさりげなくアフィリ

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