吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

カリスマはてなダイアラー

この言葉を目にする度に私は脱力感にさいなまれる。
カリスマではてなでダイアラーである。はてなダイアリーという言葉を知っていればなんとなくわかるような気もするが、知らない人がこの単語を目にしたらどう思うであろうか。
字面そのもので考えればはてなをダイアルするカリスマって事なのだろうがはてなをダイアルするってなんだよ、オイとそれこそ頭の中がはてなマークでいっぱいになりそうである。さらにその言葉にカリスマがつくのだからうさんくささは倍増だ。人とは本来、カリスマという冠がついているものはすべて疑いの目を向けた方がいいと反射的に身構えてしまうものだ。それもまあ、カリスマ美容師の功罪と言えよう。
無免許カリスマはてなダイアラー。書いてみたが、何の免許かわからぬが、多分、何かが無免許なんだろう。無免許っぽいもんな、はてなって。でも、無免許っていってもブラック・ジャックのようなハードボイルドさが滲み出ないのは、「はてな」という言葉のトホホ感にあるのだろう。
そもそもこの「はてな」という言葉がなんだか間が抜けていて、どうころんでもメジャーな雰囲気が醸し出せない愚鈍なネーミングである。Blogの人はブロッガーとかいう実にスカした名前で呼ばれたりするそうだがあれは何だかショッカーみたいでメジャー感がある。代官山あたりでいっぱいたむろってそうだ*1。しかも、カリフォルニアロールを食べたり、ビフテキを食べたりしていそう。部屋にはドラム式洗濯機と食器洗い乾燥機が装備されていて家事の合間に優雅な暮らし・・・と、洋風でモダンなイメージである。英語だしね。
それに引き替えはてなはひきわり納豆3パック105円なイメージだ。米の飯さえ食えればいい・・・そんな言葉が聞こえてきそうなんだ。なんだかとっても所帯じみた貧乏くさいイメージが自分の中で定着しているなあ、と思ったがそれはどうも全部、自分自身のことを言っているような気がしてきた。やはり洋風な暮らしを夢見ながら出汁と醤油の味の地味な御飯を喰らっているのは自分だけで多分、ブロッガーも人の子、3パック105円4割引の納豆を冷凍庫に忍ばせたりしている輩もいるであろうし、はてなとて代官山でメガネをかけて、スカーフ首にまいてるお洒落さんもいるであろう。しかし、それをないがしろにしてしまう「はてな」という言葉の魔術。これはけっこうあなどれない。

*1:あくまでも名前だけのイメージだ。実際は違うというのはわかってます。引き合いに出してすみません。