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吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

口火

 パチン。と二つ折りの携帯を閉じた。iPhoneにしようかな。心が動く。もう、今日は携帯を開かない。眠い。コンビニで竹鶴を買う。飲みながら家に帰ろう。歩くのは好きだ。もうどうせ今日はメールの返事などないのだろう。

 ぼくは星座の名前を知らないけれど空を見上げることはできる。酔っぱらって歩きながら誰にも出会わない夜道を行けば、足音はリズムになり、ぼくはその音に合わせて歌うことができる。BPMは○○○。メトロノームみたいに規律正しく。いつも歌っている歌は同じだ。ipodに入ってない古い曲。レコードでしか持っていない。アナログをデジタルにする手間を考えると気が遠くなる。名前は忘れた。有名な曲ではない。でも、ぼくは気に入っている。歌いだしはこうだ。

人間、酒だけでは太りません。酒と一緒に食べるのがいけないのです。酒だけを浴びるように飲みつづければ確実に食欲をなくし、やせます。経験済みです。酒はビールよりも焼酎がいいでしょう。持続的に飲みつづけるには焼酎がいちばんなのです。だから今日も呑みます。4リットルの焼酎のペットボトルが片手で持てるくらい軽くなりました。1週間で。アル中になるんじゃないかなあ。放っておくと。確実に肝臓は悪くなっている気がする。でも、どうでもいい。どうだっていい。どうにでもなれという気分になっている。

全然食欲がない。あいつが出て行ってからというもの、台所に立つ気になれないから、料理を作らなかったら一気に食べれなくなった。一人でごはんを食べるのがつらい。一度、ペンネアラビアータを作ったが、つい、二人分作ってしまい、余らせた。翌日食べたふにゃふにゃになったペンネはあいつのペニスを思い出させて腹は膨れたが腹は立った。頭にきたので皿を一枚割った。この二つの対になった皿やコップをどうすればいいのだろう。困ってメールしたら、10日も経って来た返信が「要らないものは、捨ててください」だった。冷蔵庫にあった卵もトマトもネギもほうれんそうもダメになった。卵は見た目が変わってなかったので1個、目玉焼きにして食べたらそのあとおなかを壊し、もともとなかった食欲をさらに減退させた。トマトは白くカビて赤い水になった。ネギはひからびてかちこちになった。ほうれんそうはしなびて枯れた。何もかも腐った。まるで自分の姿を見ているようである。家賃の振込の催促。今後どうするのか何度も尋ねるメールを出す。もちろん返信はない。だんだんと不安になりヒステリックに文章を連ねる。連ねているほうがつらい。携帯、PC、Twitter経由で「連絡ください。ほんとにつらいです。どうするんですか」と同じ文面を送っても返事はない。インターネットで世界中に発信するようなものじゃないけど、しょうがないので@で「Mしました」と飛ばしたら、3分後に返ってきたメールが「来月に千葉に引っ越すので家を引き払います」でした。「どういうこと」「きいてない」「これからどうすれば」「もうやだ」「説明して」「理由は」「なんで」「もう死にたい」と書いて返信するとまた、返信は返ってこなくなった。なんなんだ。携帯に電話しても、もちろんでない。留守電に入れてもでない。あいつの実家に電話をかけても居ないと言われる。Faxもした。実家に。もうなんかストーカーみたいじゃないか。もちろん返事はない。女のとこにいるのだろう。たぶん、キチガイ女だと言われているんだろうな。気を狂わせたのは誰か。おまえたち二人だ。
 ぐちゃぐちゃになった部屋に戻るのもテレビを観るのも嫌で、今まで入ったことのない居酒屋に行った。電車が止まっていたから店は満員で。まだ18時。外は明るかった。居酒屋ではラジオが流れていた。現実味はなかった。「まるで世界が終わったみたい」そんなありきたりなフレーズがしっくりきた。まだ原発事故は明らかになってなかったけれど。

 その数週間前からわたしは何故か家でごはんをちゃんと作って、二人で食べることに執着していた。理由はわからなかった。だから、家は食べ物にあふれていた。1週間分のストックはあった。切り干し大根煮、ひじき煮、きんぴらごぼう、きゃべつ、トマト、ねぎ、茄子、干し椎茸、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、にんにく、卵12個、ビール、麦茶とかまあ、ひととおり。思い出したらきりがない。今はその全てが失われている。あるのは4リットル入りの焼酎と買い置きの水だけだ。人は食べなくても意外と生きてられる。脂肪は燃焼していく。わたしはどんどん痩せていく。11月の今、9キロ痩せた。あいつが出て行ってからすでに4ヶ月が経とうとしている。4ヶ月!!!で!!!9キロ!!!何このダイエット。本に書いたら売れるんじゃない? 15年つきあった腐れ縁の男を若い女に寝取られダイエット!!!不健康すぎて却下。自虐もつまらん。何もおもしろくない。酒で胃が焼ける。ムカムカする。吐く。出てくるのは焼酎。永久機関のように吐いては呑むってのはどうだろう。自家中毒。胃液とミックスされたカクテル。呑めるか!ああ、でも、これを呑みたいって言われたら恋に落ちるかもね。わたしはこれから先、誰かをすごく好きになったりできるのかな。
それは高速のオープンカーに乗り、すれ違いざまの死に神に首を屠られるという不条理な夢だったのだが、映像がこれでもかという程、馬鹿みたいにキレイだった。しかも、その同じフィルムがループしていて、何度も何度も繰り返し見せられるのだ。5、6回繰り返したところで流石に目が覚めた。奇妙で今までに観たこともない美しい悪夢だった。夢の中とはいえあの空の色は現実では見ることできない色だ。オープンカーの赤と空の青が対照的で。あいつと行ったヘルシンキの風景とかを、わたしの脳が解釈してもっと素敵にしたんだろう。わたしの脳はわりといい仕事をしている、と思う。

 で、現在。

 先日、半日ほど目が痛かったので鏡でみたら見事に睫が刺さっていた。睫が刺さるという現象が半年に一回は起きる。そしてまんまとめんぼになった。めんぼというのは結膜炎のことだがその症状をめんぼと呼んでいるのはうちの母親以外訊いたためしがない。ブレードランナーのような変な器具で目を覗き込まれたり、目玉に空気を吹き付けられたり理不尽な目にあってきた。びくびくびくびくしているのでそのたびに医者に「だいじょうぶですよ~」と子供をなだめすかすように言われる。

 眼科とは恐ろしい場所だ……。

 そして、さらに。

 血尿が出た。わわわわわ。なんじゃこりゃー。というようにルビー色のおしっこが。きれい。って、うっとりしている場合でもなく。確かに背中が痛い。尿路結石だろうか。微熱もある。いや、腎盂炎? 前になった。確かに似ているがあのときでたおしっこはコーラ色だった。灰色のコカコーラ? それは小説のタイトルである。うーん。確かに倦怠感。うーん。たしかに頻尿っぽい。ああ、そうだ。これは膀胱炎だ。ただの。ほら、ネットで検索したら発言小町に書いてある。大丈夫。大丈夫。入院なんてしなくていいよ。ビール飲めば治る。東京タワーはどっちだろう。スカイツリーはどっちだろう。


 飲みすぎた。電車の中で吐いた。そもそもここ3ヶ月、まともに食べてないから吐いたといってもストレートで飲んだテキーラがそのまま出てきただけだけど。アルコール度数の強い酒はは吐くときにもう一度、酔う気がする。ショットで何杯? 飲んだ記憶も曖昧だ。何も食べずに飲むと胃に負担がかかるのはわかってるけれど。飲みすぎてしまった。何処で? 胃がむかむかする。寝て起きたらここは何処だ。知らない。ずいぶん遠くに来たものだ。降りたことのない駅だ。タクシーはあるか。金がない。クレジットカードで。それかコンビニ。家まで何駅だ。わからない。ここは何処だ。寒い。当たり前か。2週間前まではまだ暑かったのに。いつ、蝉は死んだのだ。秋か。台風も2回来たし。こっちでいいんだっけ。改札は。世界が揺れてる。地震か。俺の世界だけ揺れている。左目の奥が痛い。頭痛か。サーチライト。滲んでいる。マンガ喫茶があったらそこで朝まで時間を潰すか。上りの電車は終電だ。当たり前か。駅員がロープ張ってる。こっちでいいのかな。出口。何処で間違ってしまったんだろう。工事中だ。こっちか。こっちでいいのか。こっちでいいや。ここから出よう。外に出よう。何もない。暗い。何もない。最寄の駅からたった5駅で。こんなにも田舎なのか。コンビニあるかな。あった。線路沿い。あれか。セブンイレブンか。金下ろそうか。財布の中はいくらだ。2千円。うーん。どうしよう。トイレ借りるか。借りた。すっきりした。液キャべ飲もう。竹鶴。これ、あんまり売ってなくなったよな。うまいのに。買おう。飲もう。歩こう。そうだ。歩こう。決めた。コンビニの店員に道を訊く。この前の道をずっとまっすぐ行けばいい。方角は合っている。液キャべ飲む。缶を開ける。飲む。歩く。暗い。つげ義春のマンガみたい。ちょっきんちょっきん金太郎。あれ? あの送電線。知っている。変電所に行くはずだ。家の近くの。どうしよう。タクシー? タクシーは長い行列。やっぱり歩こう。道はわかっている。歩こう。歩けば2時間くらいで家に着くだろう。日頃、運動不足だし。もし、無理なら途中でタクシーを拾えばいい。疲れたらそこでタクシーだ。そこまでは足でドライブ。通称・足ドラだ。ガソリンはアルコールで。
 完全に道に迷った。たぶん、方角はあってるはずだけど。送電線沿いに歩いていけばいいと思って歩いていたら住宅街で袋小路。行き止どまり。行ったりきたりしてるうちに方向がよくわからなくなった。いつの間にか送電線が見つからない。とにかく大きな道に出なくては。人に道を訊きたくても誰ともすれ違わない。駅から誰ともすれ違わない。と、思ったら向こうから人が来た。向こう側の道路だ。車を横切って聞きに行くべきか。なんだろう。何か持っている。タイヤだ。タイヤを担いでる。右手にスパナのようなものを持ってる。赤いタンクトップを着てる。短パンが短すぎないか。なんか怖い。声をかけられない。すれ違う。もういい。とりあえずこの道沿いに行こう。大きな公園だ。この公園知ってる。自転車で来たことがある。野川公園だ。自転車で30分くらいだったはず。そうか。もうけっこう近くまで来ていたのか。でも、送電線は何処へ行ってしまったんだろう。月の明かりがきれいだ。車がすごい速さで横切っていく。サーチライト。切ない。缶の中の酒はもうぬるくなって炭酸も消えていて。でも、それを無理に飲み込んだら胃が突然、受付を拒否。激しい吐き気。数歩歩きながら吐き気。今にも嘔吐しそうになって。もう、ずっと吐き気が止まらない。吐き気がするから何も食べれない。固形物を受け付けない。ずっとトマトジュースコーンポタージュスープとヴィダーインゼリーとポカリスエットと水を飲んでる。2ヶ月で8キロ痩せた。空になった缶は鞄の中に入れた。気を抜くと涙が出てくる。彼女は今日、帰ってこない。そう、ぼくに宣言した。誰もいない部屋に帰るのは嫌だ。

 完全防冷でアスファルトの蜃気楼の目玉焼きが焼けそうな上を歩く姿が目に焼き付いています。

 何かに困った時、わたしはいつも一人で歩き出しているのだな。

 不意に空を見上げたら、雲の暗さの青くて寒い感じの色で一等星がぽつっと光っていた。いつのまにやらこんなに暗い。季節は移り変わっている。なんだ、もう冬なのか、と。そして突然、体が冷えて身震いして、がたがた震えはじめたが構わず夜を歩く。人形町の甘酒横丁で甘酒が飲みたくなるくらい寒いよ今日は。でもあそこまで歩くと手がかじかんで凍えてしまうのでやめます。
 もう少し歩こう。

 かならずビールを飲んでいるので別にあの時にビールをこぼしたのは意図でもなんでもない。そこは笑うところじゃない。それはまったくおもしろくない。過失と失笑の組み合わせでしかない。それはやっぱりおもしろくない。ちっともさっぱりおもしろくない。そもそも何もおもしろいことなんて退屈の中にはないのだ。だから重苦しいほど私は退屈していたのだ。そして私はその退屈を楽しんでいたに違いない。退屈の真っ只中にいて、気がつかなかっただけで。

 まだまだ歩こう。

 ゆるやかな病なら患いたいなあ。風邪とか。死に至らない優しい病。病のときのあの感じは病のときにしか味わえない。病のときに食べる桃缶、レディボーデンのアイスクリーム、氷のうの冷たさ、おかゆのあたたかさ、おもしろいほどでる汗。そういうものが恋しくなる。こないだ散々だったくせにもうすぐに忘れて恋しくなる。今日はとても寒い。風邪に恋などしてはいけない。
 どんどん歩く。
 歩道橋を歩いているとき、今まで自分が他人に吐いた一番、ひどい言葉ってなんだろうとか漠然と考えた。それ以上の癒しの言葉をわたしは投げかけることが、できるのだろうか。それ以上の言葉を、与えてもらえるのだろうか。奪われてしまうのだろうか。取り戻せるのだろうか。どちらでもない。どちらでもいい。どちらもいい。そういことを考えていた。

 何度目かの面倒な乗り換えを終え、あと数駅。

 駅員に食い下がり、タクシー代をよこせと言う連中を尻目に、私は歩くことを選ぶしか余地はない。

 しかし、わかるか、あの道のりを徒歩しなくてはならぬ困難さをあなた方は想像だに出来まいってそもそもあなたとは誰か。

 何故に足を棒のようにして立ち尽くし電車に乗った末に待ち受ける試練がこれというのは余りに厳しすぎないか?なにせ、家まで徒歩で1時間はあるのだから。暗い夜道で絡まれたことも幾度と無くある私はこの帰宅の道が怖い。また、うちの近くの場所ではべとべとさんにも遭っているのだ恐怖は一塩だ。しかもたった一人きり。一瞬、会社へ戻ろうかと思った。緑の電話で会社にかけるが最早、時既に遅し、午前1時をまわってる。だれも居ない部屋に鳴り響いているだけであろうベルを10回程で止め、仕方なしに歩く事にした。もしかしてタクシー代が出るかも知れないと思ったが、出なかった時の痛手を考えると歩く方が遥かに気が楽だった。道路に出ると、タクシーが渋滞していたので思いの外明るかったせいもあり、歩く事に踏み出せたのだ。一度、夜中に3時間歩いた事を考えればなあにあっと言う間に違いない。ただ、それが一人きりというのがどうにもひっかかるのだが、人間一人で生まれて一人で死に行くものである。孤独を怖がっていちゃあなにもはじまらないのだ。

 さて、こうして午前3時にやっと家路に着いた。かくも険しい道のりでやっとの事で得られた安堵は大きい。そして、この稿を今、まさに終えようとしているのだが、文章が直前まで読んでいたラブクラフトの影響が顕著なことは最後に記しておこう。 あでゅー。

 そして、突然の多福感(いいじゃないか。落ち込む訳じゃないのだから)に襲われたりしてかなり精神のバランスがあやういが、いろいろと予定があるのでそんな風にしていてはまずい。しっかりしなくちゃなあと思う。

 咽が乾いたので近くの自販機まで行った。コンビニも近いけどコンビニの爛々とした光の中に自分が照らし出されるのがいやなので、自販機にしたのだ。ここでジュースを買うなんてめったにない。そしてものすごくみすぼらしい私は闇の中でこっそり買う。それが自分に身分相応だ。
アパートの脇の道に蝸牛が大量にひからびていたのはもう随分昔のことなのか、と悲しく思う。 しらないうちに月日が流れていた。何を感じながらここ数カ月、自分は生きていたんだろうと重く、思い、虚しくなった。

 きびすを返して戻った部屋は暖かかった。そしてまた、多幸感に支配される。些細な事でいちいちと。