吉田アミの日日ノ日キ

吉田アミが書きました。

寝て起きるそして昼はランチミーティング

 昨日はホルモン部が久々に突発的に行われしこたまレバだのギアラだの焼きトマトだのアスパラだのを炭火で焼いて食べ続けた。玉子かけご飯が名物なのでおなかがいっぱいになる前にちゃっちゃっと食べた。焼酎の種類もてんこもりだったのでごくごく飲み続けた。

 肉を食べると疲れる。消化するために全神経が胃に集中するからだろう。ぼんやりとしてくる。体中がどんよりとしてくる。

 完全に秋になったな。

 肌寒いくらいだ。

 リサーチと称してほとんどセクハラみたいなことを何人にも訊く。ここが正念場だろう。(何の?)

 最近、凄く早く眠くなって寝て起きて朝方また二度寝するという変なクセがついてしまっているので、リセットしたい。

 この世界に「共感」できる相手がいないかも知れないという孤独があるから陽気に振舞っている(フリをする)人がいる。謙虚な、声の小さい人の言葉を聞くのは難しい。けれどそこに真実が隠されているかも知れない。こんな夜に正しい人の孤独を思うのだ。

 最近、寝る間際に誰にも言わずにこっそり見続けているサイトがあって、それを読みながら眠りにつく。そのサイトはどんどん毎日毎日ちょっとずつコンテンツが増殖していっている。ブログと違うからタイムスタンプがないので何処がどのように変化したのかはわからない。思い違いかも知れない。そんな風に曖昧に世界と自分が曖昧になっていく。ただ、書かれている言葉のリズムが何故だか非常に自分に合っている。このことを信頼できる人に伝えるとやはり同じように感じていた。

 そして、「安心できる」。と言う言葉。

 ああ、これ。これなのだと思う。

 大島弓子のマンガで「ロストハウス」いう名作があるのだけど、モノローグで

「ああ
彼はついに
全世界を
部屋にして
そして
そのドアを
開け放ったのだ」

 まさに、こんな気分。

 諸星大二郎の「生物都市」にも似ている。

 しかし、ただ、曖昧になっていくことは幸せではない。
 一つの価値観が共有されているだけの状態は異常である。
 
 怖い。

 という、言葉が一番、似合っている。

 世界は美しい

 と、思いたい。
 
 でも、世界は醜いのかも知れない。

 醜い、

 は、完璧ではない。

 それは、誰かにとっての美しさになり得る。

 一つの真実。一つの幸福。

 たった、一つしか用意されていないとするなら、他の全ては必要ないのか。

 必要がない。

 目の前にそれがあるのに?

 必要が「ない」。

 それはどれほど残酷な言葉なのか。

 その言葉を吐ける?

 私の好きが、誰かの好いでもあると知る。
 根拠のない、好いだ。
 ここに何もない好いを好いと言っても好い。

 大丈夫。

 繰り返す。

 その言葉はブーメランのように返ってきて、
 自分が一番、誰かに言って欲しかった言葉なのかもしれません。